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武雄神社の龍神信仰と樹齢3000年の大楠|還暦に始まった御朱印帳

武雄神社の拝殿と樹齢3000年の御神木・武雄の大楠
武雄神社は龍神信仰と樹齢3000年の大楠で知られる佐賀県屈指の古社です。

「武雄神社 龍神」と検索してこのページにたどり着いた方は、佐賀県にあるこの神社がなぜ龍神信仰と結びついているのか、気になっているのではないでしょうか。実は武雄神社は、樹齢3000年ともいわれる御神木「武雄の大楠」と、水にまつわる龍神信仰の両方で知られる、九州でも屈指の歴史ある神社です。この記事では、武雄神社の歴史や御祭神といった基礎知識から、龍神信仰とのつながり、見どころとなる大楠の魅力まで、実際に還暦祝いでこの神社を訪れた筆者自身の体験も交えながらご紹介します。

◎この記事のポイント
・武雄神社は佐賀県武雄市、御船山の山麓にある市内最古の神社である
・御祭神は武内宿禰命を中心とする五柱の神々である
・境内奥の「武雄の大楠」は樹齢3000年、全国巨木ランキング第7位の御神木である
・拝殿裏の「龍神水」など、水にまつわる龍神信仰とも縁が深い

武雄神社とはどんな神社か

この章では、武雄神社の歴史や御祭神、境内の見どころについて、基礎知識として整理していきます。

武雄神社の歴史と創建の由来
御祭神・武内宿禰命とはどんな神様か
「肥前鳥居」という珍しい鳥居の形
縁結びの御神木「夫婦檜」
武雄神社と龍神信仰のつながり
還暦祝いに娘と訪れた日のこと

武雄神社の歴史と創建の由来

武雄神社は、佐賀県武雄市武雄町の御船山の山麓に鎮座する、市内で最も古い神社です。『武雄神社本紀』によると、天平3年(735年)に初代神主・伴行頼に神託があり、大宰府を通じて朝廷に奏上したうえで創建されたと伝えられています。

平安時代には、九州地方の行政機関であった大宰府の府社として位置づけられ、祭礼には国使が参向するなど、杵島郡の鎮守としての役割を担っていました。こうした歴史的な経緯を裏づける218通もの古文書「武雄神社文書」が、現在も残されています。

また鎌倉時代には、壇ノ浦の戦いにあたって平氏追討を祈願したことから源頼朝と深いつながりを持つようになり、それを機に流鏑馬神事が奉納されるようになったと伝わります。この流鏑馬神事は現在も続いており、1200年以上の歴史を誇る神事として知られています。

御祭神・武内宿禰命とはどんな神様か

武雄神社の主神は武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)です。武内宿禰命は、仲哀天皇・神功皇后・応神天皇など5代の天皇に仕えたと伝えられる伝説的な忠臣で、並外れた長寿を全うしたことから「延命長寿の神様」として篤く信仰されています。

あわせて、武雄心命・仲哀天皇・神功皇后・応神天皇の4柱が合祀されており、五柱の神々にはそれぞれ異なる由緒や伝承が伝えられています。特に神功皇后は、海を渡った遠征譚などから「縁結び」の神様としても知られ、地域の人々に長く親しまれてきました。

「肥前鳥居」という珍しい鳥居の形

武雄神社の境内には、この地方独特の様式である「肥前鳥居」が3基残されています。一ノ鳥居は寛永18年(1641年)に武雄領主・鍋島茂和によって、三ノ鳥居は元和3年(1617年)に鍋島茂綱によって建立されたもので、いずれも武雄市の指定重要文化財です。

拝殿・本殿は1964年(昭和39年)の火災で一度焼失しましたが、1970年(昭和45年)に再建されました。社殿が真っ白なのは、武雄神社の使いとされる白鷺にちなんでいるためです。歴史ある鳥居と、真新しい白い社殿とが同居する境内の風景も、武雄神社ならではの見どころのひとつといえるでしょう。

縁結びの御神木「夫婦檜」

二ノ鳥居をくぐると、右手に見えてくるのが「夫婦檜(めおとひのき)」と呼ばれる御神木です。2本の檜が根元でつながり、樹の中ほどでも枝が合着していることから、夫婦和合や縁結びの象徴として多くの参拝者に親しまれています。

男女の縁だけでなく、仕事や人間関係、金銭とのご縁を願って鈴緒に「宝来鈴」を結びつける参拝者も多く、造園職人の遊び心で周辺にはハート型の石も埋め込まれているといいます。大楠ばかりに気を取られがちですが、こちらもぜひ見ておきたいスポットです。

武雄神社と龍神信仰のつながり

武雄神社は、御神木・大楠の生命力に加え、水にまつわる「龍神信仰」でも知られています。御祭神のひとりである神功皇后は、海を渡って新羅へ出兵したという伝承を持つ神様で、この「水」との深いかかわりが、地域の龍神信仰へとつながっていったといわれています。

拝殿の裏手には「龍神水」と呼ばれる水場があり、古くから龍神様にゆかりのある場所として伝えられています。日本の民間信仰において、龍はしばしば水を司る神として語られ、生命力や豊かさの象徴とされてきました。武雄神社においても、こうした龍神信仰が「縁結び」の伝承と結びつけて語られることがあります。

還暦祝いに娘と訪れた日のこと

ここからは少し私自身の話をさせてください。私が武雄神社を訪れたのは、還暦を迎えた年のことでした。娘が「お祝いに」と、佐賀県武雄市の武雄温泉へ連れて行ってくれたのがきっかけです。

大正時代に建てられた朱塗りの楼門で知られる武雄温泉街を歩いたあと、「すぐ近くに有名な神社があるから」と娘に誘われて足を運んだのが武雄神社でした。恥ずかしながら、それまで御朱印帳を持ったこともなく、神社について特別詳しいわけでもなかった私にとって、この日の参拝が「神社や龍信仰についてもっと知りたい」と思うようになった、ひとつの原点になっています。

御神木「武雄の大楠」で感じたこと

世界遺産としての価値ではありませんが、武雄神社を語るうえで欠かせないのが御神木「武雄の大楠」です。この章では、大楠の基礎知識と、実際に訪れて感じたことをあわせてご紹介します。

樹齢3000年の大楠の基本情報
もみじ通りを抜けて大楠に出会うまで
大楠の根元に祀られる天神様
初めての御朱印帳を手にした日
あれから始まった神社巡りという習慣
武雄神社を訪れる際のポイント

樹齢3000年の大楠の基本情報

「武雄の大楠」は、環境省などの調査により推定樹齢3000年以上とされる巨木で、全国の巨木ランキングでも第7位に数えられています。高さは約27〜30メートル、幹の周りは約20メートル、枝張りは東西30メートル・南北33メートルにもおよぶといい、武雄市の天然記念物にも指定されています。

項目 内容
推定樹齢 3000年以上
樹高 約27〜30メートル
幹周り 約20メートル
枝張り 東西30メートル・南北33メートル
指定 武雄市指定天然記念物

根元は象の足を思わせるようなごつごつとした樹皮に覆われており、その中央近くには空洞があります。内部の広さはおよそ12畳にもおよぶといわれ、まさに「生きた巨木」というスケール感を体感できる存在です。

武雄神社の御神木・武雄の大楠

推定樹齢3000年以上を誇る武雄神社のシンボルです。

もみじ通りを抜けて大楠に出会うまで

本殿にお参りしたあと、境内の奥へと続く「もみじ通り」と呼ばれる竹林の小道を進んでいくと、視界がふと開けて、突然のように大楠が姿を現します。私が訪れたときも、この演出のような登場の仕方に、思わず足を止めてしまいました。

写真では何度か見たことがあったのですが、実際に近くまで行ってみると、まったく迫力が違いました。3000年もの間、この場所に立ち続けてきたのだと思うと、古くから神木として大切にされてきたことが素直に納得できるような、圧倒的な存在感がありました。3000年という時間の長さは正直なところ想像すらつきませんでしたが、それでもその場に立つと、理屈ではなく「これは特別な木なのだ」ということが、なんとなく肌で伝わってくるような感覚がありました。

大楠の根元に祀られる天神様

大楠の根元にある空洞の内部には、小さな石祠があり、天神様(菅原道真公)が祀られています。古来より日本人は、そびえ立つ巨木や動かぬ大岩に神が宿ると考え、畏敬の念をもって接してきました。武雄の大楠も、まさにそうした自然信仰の対象そのものといえる存在です。

残念ながら空洞の内部に一般の参拝者が立ち入ることはできませんが、少し離れた場所から手を合わせるだけでも、3000年という長い年月を生き抜いてきた木の存在感に、自然と背筋が伸びるような気持ちになりました。

初めての御朱印帳を手にした日

参拝を終えて社務所の前を通りかかったとき、御朱印帳が並んでいるのが目に入りました。武雄神社の御朱印は、片面のものと、大楠が金粉であしらわれた美しい両面のものがあるそうです。娘に「これから神社巡りするなら1冊持っておいたら」と勧められ、還暦という節目もあって、思い切って人生で初めての御朱印帳を購入しました。

還暦を迎えたことで、これから好きな神社やお城を巡って歩きたいという気持ちが、自分の中でむくむくと湧き上がってきたのを覚えています。欲を言えば、いつか仕事が落ち着いてお金に余裕ができたら、日本一周をしながら世界遺産やまだ見ぬ神社・お城をゆっくり回りたい――そんな夢まで思い描いていました。まだ現在62歳になった今も、その夢は道半ばです。ですが、この日手にした御朱印帳が、今も少しずつその夢に近づくための、ささやかな一歩になっています。

武雄神社の御朱印

大楠が描かれた御朱印は参拝記念として人気があります。

あれから始まった神社巡りという習慣

あの日から、御朱印帳を持って神社を訪れるのが、私の中でひとつの習慣になりました。武雄神社を皮切りに、宮島(厳島神社)や太宰府天満宮、鵜戸神宮など、機会があるたびに参拝して御朱印をいただくようになったのも、振り返れば還暦のあの日に娘が連れて行ってくれたことがきっかけです。

このサイトで龍信仰や神社文化について書いているのも、元をたどればこの武雄神社での体験が原点になっています。詳しい研究者や専門家ではありませんが、実際に足を運んで感じたことを大切にしながら、これからも記事を書いていきたいと思っています。

武雄神社を訪れる際のポイント

武雄神社へのアクセスは、長崎自動車道「武雄北方インターチェンジ」から車で約10分、西九州自動車道「武雄南インターチェンジ」から車で約15分ほどです。参拝者用の駐車場も整備されているため、車での訪問がしやすい神社です。

参拝の順番としては、まず手水舎で身を清め、本殿で御祭神にご挨拶をしてから、奥の「もみじ通り」を通って大楠へ向かうのがおすすめです。大楠の幹には直接触れず、少し離れた場所から静かに向き合うのが、この御神木への正しい向き合い方といえるでしょう。

武雄神社に関するよくある質問Q&A

Q:武雄神社の御祭神は誰ですか。

A:主神は武内宿禰命で、武雄心命・仲哀天皇・神功皇后・応神天皇の4柱が合わせて祀られています。武内宿禰命は5代の天皇に仕えたと伝わる長寿の忠臣として、神功皇后は縁結びの神様として、それぞれ古くから親しまれてきました。

Q:武雄の大楠は誰でも近くまで行けますか。

A:はい、境内の「もみじ通り」を進めば大楠のすぐそばまで行くことができます。ただし保護のため、幹には直接触れず、決められた場所から見学するようにしましょう。

Q:武雄神社が龍神信仰と結びついているのはなぜですか。

A:御祭神の神功皇后が海を渡ったという伝承に由来する「水」とのつながりが、地域の龍神信仰と結びついたためといわれています。拝殿裏の「龍神水」もそのひとつの表れです。

Q:御朱印はどこでいただけますか。

A:本殿近くの社務所でいただけます。片面のものと、大楠が描かれた両面のものがあり、時期によっては限定の御朱印が登場することもあります。

Q:武雄神社と武雄温泉は近いですか。

A:はい、武雄温泉街から車で10分程度の距離にあります。温泉とあわせて参拝するモデルコースとしても人気があります。

武雄神社と龍信仰のまとめ

  • 武雄神社は佐賀県武雄市、御船山の山麓にある市内最古の神社である
  • 創建は天平3年(735年)と伝えられ、大宰府の府社として鎮守の役割を担った
  • 主神は武内宿禰命で、延命長寿の神様として信仰されている
  • 神功皇后・仲哀天皇・応神天皇・武雄心命が合わせて祀られている
  • 境内には「肥前鳥居」と呼ばれるこの地方独特の鳥居が3基残る
  • 社殿が白いのは、神社の使いとされる白鷺にちなんでいる
  • 「夫婦檜」は縁結びの御神木として親しまれている
  • 拝殿裏の「龍神水」など、水を通じた龍神信仰とも縁が深い
  • 御神木「武雄の大楠」は推定樹齢3000年、全国巨木ランキング第7位である
  • 大楠の根元には空洞があり、内部に天神様(菅原道真公)が祀られている
  • もみじ通りの竹林を抜けると、突然のように大楠が姿を現す
  • 御朱印は片面と両面があり、両面には金粉の大楠が描かれている
  • 筆者自身、還暦祝いに娘と訪れたことが神社巡りを始めるきっかけになった
  • 参拝は手水舎、本殿、大楠の順に回るのがおすすめである
  • 武雄温泉街からのアクセスも良く、温泉とあわせて訪れやすい

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